「魂萌え!」

 家人にすすめられて読んだ。おもしろかった。
 59歳の主婦が、突然夫に先立たれ、否応なく老後の一人暮らしに直面せざるを得なくなって、安穏と暮らしてきた主婦としての生き方と決別し、精神的に自立する過程をテンポよく描いた小説。死後判明した夫の秘密が縦軸に、三人の友人、二人の子ども、夫の蕎麦うち仲間との人間関係が横軸になって、老後を生きる不安や心配が等身大の視点できめ細かく描かれている。いずれ、僕も受け入れなければならない「老い」について、新鮮な感動をもって考えさせられた。
 赤瀬川源平の「老人力」を読んだときや、永六輔の「大往生」を読んだときよりも、遥かに現実的で示唆に富む作者の人物造形にすこぶる感心もした。啓蒙的なご高説や説教臭がいっさいないので、主人公に感情移入しやすく、無理なく物語の展開にとりこまれていく。それは、たぶん、哲学よりも常識、倫理よりも利害が優先する日常生活が無前提に差し出されていることもあるだろう。そういう意味で、登場人物は誰も文学的ではない。善も悪もない、政治も宗教もない、あるのは欲望と小市民的な虚栄心のバランスをとることにあたふたとする主人公の愚かな振る舞いだけ。その愚かさに、なぜか親しみを感じ、共鳴してしまう。そして、僕の小市民性が共振することを、しかし、なぜか、不快におもわなかった。どうもなぁ、作者の術中にはまったような、そんな不思議な気分。われこそは小市民である、と、自認する方々には、たぶん受ける小説です。ただし、子どもは読んでもダメ、理解できる話ではない。時間の無駄。40歳以上限定対象の物語。1月に映画が公開されるそうだけれど、そっちについては何も知りません。
魂萌え!〔上〕 (新潮文庫) 魂萌え!〔下〕 (新潮文庫) 老人力 全一冊 (ちくま文庫) 大往生 (岩波新書)