教科書が厚くなる。だから、どうした。

中3Bクラスでした話。
「君らはさぁ、薄かった教科書を三年間使った最後の学年ってことで記憶されるだろうね、大きくなってから『先輩たちの頃って、教科書薄かったんですよね』って下の奴らに言われるかもよ」

生徒に罪はない、文部科学省の方針が変わってとばっちりを受けただけのことだ。中学の教科書が薄くなろうと厚くなろうと、塾で教える内容やレベルがそれほど変わるわけではない。複数の教材会社から、2012年からの中学教科書改訂の概要を記した、ブックレットやパンフレットが出回っている(中には、保護者が理解しやすいように漫画冊子風のものまであった、一冊50円の定価もついていた、いや、商魂逞しいこと)けれど、それを見る限り、特別に何も対策を練る必要はないように思った。

「ゆとり教育」で削られていた内容が復活しても、LECではほぼ削らずに教えてきたから関係ない。新しい教科書で導入の例題・類題・練習問題が増えて予測されることは、教科書からの宿題が多少増え、先生方が勝手に作られていた手作りプリントや、市販問題集からのコピープリントが少し減るぐらいだろう。授業の下手な先生は、ボリュームの増した教科書を使いこなせないでますます下手になる可能性もあるけれど、今どきの教材会社のことだ、実に丁寧な指導書を作って、「失敗しない新教科書マニュアル」を献上し、アフターサービスを充実させ、夏休みや冬休み用の問題集をあれこれ売り込むにちがいない。

村上としては、教科書レベルのことは勝手にやってくれよ、っていう思いが強いから(すみません)、「宿題が増えてよろしいんじゃないでしょうか」と申し上げたい。ほっておけば、無為にゲームや携帯で時間をつぶすか、クラブ活動に過剰依存した生活にはまりやすい公立中学校の生徒たちに、もっと勉強する機会をあたえることは、無条件に望ましいことだと考える。

そもそもどの公立中学でも、今でも、教科書とそれに対応するサブノートがワンパッケージで使われていて、サブノートの自主学習とその提出は、重要な定期試験対策になっている。授業にしても、社会や理科は、先生方の自作プリントですすめているケースが多い。教科書改訂後の中学生の学習量を教科書単独で云々すると、現実から遊離した観念論になり、認識を誤る。教科書+サブノート(ワークブック)+手作りプリントなど、現場で広く使われている資材をトータルで考える視座が必要で、それはどんな先生に習っているか、によって千差万別なので、一般論でくくりにくいはずだ。

ところが、2012年から中学の勉強が厳しくなるという情報が巷には多い。塾関係の広告や宣伝にも利用されている。賢い消費者は騙されないだろう、とは思うものの。誰しも自分の子どもにはちゃんとした教育を望む以上、煽りと知りつつ懸念材料のひとつにはなるだろう。

冷静に考えれば、そもそも大学入試のレベルが変わらないのだから、中学・高校6年間で身につけなければならない学力にかわりはない。形式的に範囲が広がったように見えたり、内容が高度化したように見えたり、分量が増えたりしたように見えても、あるいは、時間数が増えたように見えても、学校現場にたいした影響があるとは思われない。授業時間数は限られているし、教師の教務能力が突然向上するわけではないし、学校行事が減るわけではないし、過剰なクラブ活動が抑制されるわけでもないだろう。「たいへんだ、たいへんだ」と騒ぐことで利益を得ようとする人がいつもいるだけの話ではないか。

小学校の英語教育導入がいい例だった。
導入前はマスコミでもさんざん話題になった。村上も小学生に英語の授業導入を考えたことがあった。冷静に考察し、あほらしくなってやめた経緯はブログのどこかに載せた。(興味のあるかたはブログ内検索をかけてもらえればヒットするはずです)

本屋さんや教材会社経由で入ってきた話では、児童英語の書籍の売上が劇的に伸びたわけではないし、塾業界に追い風が吹いたわけでもなかった。ここ数年、実際に児童英語の事業所は増えたけれど、受講者数と売上高の長期低落傾向は継続している。少子化もあって市場の縮小は止められない。唯一生き残る道は、教育機関への講師派遣業務だろう。幼稚園の需要は伸びそうだ。洒落たお遊戯として。

教科書が厚くなることで、はっきり変わるのは、登下校の際にカバンが今より重くなることだけじゃないか。そして、「重いし、かさばるから」と言って、教科書を学校に置きっぱなして、自宅に持ち帰らない生徒がもっと増える可能性すら生みかねない。やがてどんどん教科書は分厚くなり、結局タブロッド型のPCにとってかわられる日がくることになるのかも。いや、そこまでいくと、もう妄想か。

ハードとしての教科書が変わろうと、ソフトである日々の授業が変わらなければ、何も変わらない。ソフトがバージョン・アップするには、日々の地道な工夫と研究が必要で、いくら指導書があっても、攻略本があればクリアできるゲームのようにはいかない。

もっと中学校の先生方の雑用を減らし、書類作成業務を減らし、生徒と向き合い、授業研究をする時間とエネルギーを確保しなければ、教科書改訂にみあう学力向上は望めないだろう。もちろん、塾屋にはそれ以上のことが要求されているのだけれど。