寺村輝夫氏のご冥福をお祈りいたします

 僕が娘に最初に買ってやった本は、寺村輝夫氏の「ぼくは王様」だった。もちろん、字が読めるようになるまで、絵本や仕掛け本は色々買い与えていた。それなりに書評のよいものを選んでいたけれど、思い入れは何もなかった。本好きになってくれればよいなぁ、という親なら誰しも抱くであろう気持ちしかなかった。
 「ぼくは王様」はちょっと違った。思い入れがあった。娘が小学校1年の秋、緑町のハッピータウン二階の本屋で、理論社のフォア文庫版を見つけたとき、「この本を読ませて、読書の面白さをおしえてやろう」と思った。「これ、おもしろいぜ、読んでごらん。君、もう読めるだろう」
 というのも、僕自身が小学校1年で、大好きになった本だったから。「象のたまご」で「たまごやき」というお話は、大人になってもずっと忘れずにいた。はたして、娘はすっかり気に入り、瞬く間に「ぼくは王様」シリーズ全18巻がそろうことになった。そして、その後、娘の蔵書は増える一方、ただし、もう、「これ、おもしろいぜ」と言って本を渡すことはめったにない。彼女は自分でおもしろい本を見つけられるから、親の出る幕はない。敢えて自分の趣味を押しつけるような真似もしたくない。
 たぶん、娘と同じように、寺村輝夫氏の著作で読書の楽しみを知った子どもは多い、と思う。僕と同じように、寺村輝夫氏に感謝している親も、また多いのではないかしら。あらためて、心から哀悼の意を表したい。