退院しました。4 

  退院してから1か月が来ようとしている。

  思っていた以上に、日常生活というのは大変だ。玄関のインタフォンに出ることから、お風呂に入ることまで、一人でできないことばかり。エプロンなしの食事は考えられない。羽田空港で18分間に374人が脱出した、と聞いても、もし自分が混ざっていれば事態はもっと複雑だったろう、と考えてしまうし、能登半島地震で被災された方々のお話を聞くと、困難しか思いつかない自分の行動力に暗澹とする。自分を見捨てるように家族を説得するのが、想定される対処法の規範になる。

 甲斐甲斐しく身を粉にしてお世話してくれる妻を見るたび、ありがたさと申し訳なさで身がすくむ。とんでもない運命に巻き込んでしまった罪悪感をぬぐうことはできない。

 問題は、それでも人生は続き、人はこの社会の中でまっとうな暮らしをしなければならない、ということだ。たぶん僕にも何か新しく与えられた使命があり、社会的責任を果たすことが求められている。のんべんだらりと余生を過ごすことは許されていない。何もしない、何もなしえない一日が過ぎると、どす黒い感情の塊が心の底に溜まる。焦ったところでどうしようもないことぐらい分かっているから、小さくため息をついて、床に就く。

 必ず復活する。このやるせなさをすべてひっくり返して、明確な目標と合理的な方針で人生をリコンストラクトする。

 焦るな、急ぐな、ゆっくりと、着実にすすめ。大丈夫だ。道は一本、迷わず進め。