市立福山中合格発表始末記

 9:30
 休憩時間、パソコンに目をやると生徒フォルダにメールの着信が1通。「来た!」小6の保護者。「見た!」合格の二文字。「受かった!」。
 05教室で演習中の生徒を01教室にインタフォンで呼び出し、直接、パソコンの画面上のお母様のメールを見せる。少年は振り返って「受かったんですか?」と驚きの表情、「よかったなぁ」というと、ガクッと両手を膝について上体を支える。無邪気に喜ぶわけでもなく、静かに感動にひたりながら、どれほどの緊張に耐えていたか示すその抑制された姿勢がいじらしくて、バンバン背中をたたいた。誰もいない02教室から自宅に電話させる。大きな声をあげるわけでもなく、目に光るものをこらえながら「ありがとうございます」と、受話器を返す姿がいっそう胸をしめつける。もう一度肩をだきかかえて「よかったなぁ」と小さく声をかけると、あらためてこみ上げる感動に彼はふるえていた。これほどしみじみとした感動を示す少年を僕は知らない。いつもなら口にする「次は附属だぜ」の言葉を口にできなかった。それはあまりにも無粋な言葉で、彼の今の感動を汚す気がしたから。もう少しの間、彼にはその合格した喜びを味わってもらいたいと思ったから。

 10:30
 休憩時間、小6の男子生徒がひとり、携帯電話で自宅に問い合わせるけれど、速達はきていないらしい。表情がこわばり、目がうつろ、あきらかに平常心をうしなっている。強引に演習を継続させることも可能だったけれど、その乱れた気持ちが手にとるようにわかる。
 「帰れ、そんな状態で演習しても意味がない!」塾の自転車で帰宅させることにした。裏から自転車を回し、後輪に空気を補充し、サドルを下げ、なんとか家までたどりつくことができるようにしてやると、彼は一礼してその自転車に乗り、帰宅して行った。どうか神のご加護がありますように、仏の慈悲をたまわりますように。こちらまで切なくなる。

 11:30
 パソコンにメールの着信音。「ややっ」と思ったけれど、長期入院中だった塾生の退院連絡。これはこれで嬉しいお知らせ。早速返信。プラスのベクトルをもつメールがどんどん来ればいい。流れがよくなれば、きっとよいことがたくさんある。

 12:10
 塾に速達、顔なじみの郵便屋さん。
「市立福山中学の合格通知って配達してます?」
(何を言うんじゃ、というような怪訝そうな顔で)
「どこのか知らんけど、配っとるよ、、、」
「それをうちの子たちがねぇ、家でドキドキしながら待ってるんですよ」
(ははぁ、そういうことかい、という納得顔で)
「はい、来たもんはすぐにちゃんと配っとるけぇ」
「よろしくお願いします」
(まかしとき、とニコニコ顔で)
「はいはい」

 12:35
 お昼を食べた小6たちに、「おうちに電話して結果(市立福山中)をききたい人ぉ?」と問えば、ハイ、ハイ、ハーイと手が挙がる。すでに合格をメールで知った少年は、「家に帰って見て来てもいいですか」と依然として初々しい。「いいよ」と答えておいて、僕は隣りのパソコン教室に、風で幟が倒れていることを告げに教室をいったん出た。
 01教室にもどると、05教室の隅で女の子2人が騒いでいる。「○○受かったぁ」とガラス越しに叫んでくるので、「うぉぉぉぉぉ、やったぜー」と咆哮、近くにいた小5の生徒が耳を押さえるのもかまわず、「おめでとう!」と絶叫しながら05に突進し、握手。
 05のあと2名は、自宅に未着、依然として不明。自宅にいる子たちからは音沙汰なし。経験的にいって、はなはだ心配な展開になってきてしまった。風が強い。小5の小さな子が横風にあおられながら自転車でやって来る。風雲急を告げる、か。

 13:00
 小5の授業開始。小6は演習再開。外は北風。次の連絡はいつになることやら、、、。

 14:00
 いったん帰宅していた小6男子が再登場!
「先生ぇ、まだ来んわぁ。もうぉぉぉぉ、3時間待ちくたびれたぁ」とうだる。
「それでもどって来たか。しょうがねぇなぁ。そのうち来るさ」
 たまったプリントの束に黙々と取り組み始めたが、心穏やかではなかろうな。

 14:40
 小5の算数で、相当算を説明していると、背後で着信音。何か音が暗いなぁ、やだなぁ、と思って開くと、「不合格」通知。ああ、遂に来てしまった。お詫びメールを返信した。ボーダー上にいることは間違いなかった。無念というしかない。

 15:10
 家に電話した子が、「やっぱりぃ、、」と言って電話を切った。不合格だった。残念だったな、というのが精一杯。
 
 15:40
 電話が鳴る。「来た!」と思った。授業を中断して受話器をとる。弾む声、明るい声、「受かりました」を聞き取って、叫ぶ!「おめでとうございます!!!」。
 待ちきれず家にもどり、待ちきれず塾に舞い戻り、神経の極限まですり減らしている少年にドアを開けて叫ぶ、
「おい、受かったぞ!」
「よっしゃー、焼肉じゃぁ!」とガッツポーズ。

 15:50
 迎えの車まで行ってもどってきた少年がひとこと。「先生、市立落ちた」「そうかぁ、ザンネンダ」あとの言葉が出てこない。一礼して彼は立ち去る。明日も朝からいつもどおり、ただし、遂に最後の演習、彼はちゃんと来るだろう。チクショウ、ガンバ。