実は昨夜、

 「さぁ、帰ろう」と思って、車のキィをひねると、「.......」、「ユリシーズ君、起きてくれたまえ」と頼むのだけれど、「......」。「ふむ」と思ってもう一度試すけれど、彼は自己主張をやめようとしない。妥協をあきらめ、念のためにパネルのスイッチを触ると、リアウインドウのヒーターと、ライトのスモールがONになっていた。やれやれ。彼のご機嫌が悪くなるわけだ。潔くあきらめ、塾に戻りJAFに連絡した。
 30分後あらわれたJAF氏は、カープの鉄人衣笠そっくりの方で、陽気に「この車に乗っている人はこだわりのある方だから、ご存知だろうけれど」という前置きからはじめて、MINIは、いわば雨の降らない国の車で、雨が降れば漏電もするし、いろいろトラブルもおきる、このMINIのバッテリーは国産のもので、ジョイントが外れやすいから、根本的に改めるべきであって、いくらエンジンが始動しないといっても、3Vしか電圧がないのは、車体のどこかで漏電している可能性が高い、応急処置はするけれど、経験からいって明日の朝この車のエンジンがかかるとは思えない、云々。駐車場に響き渡るデカイ声でお話ししてくださる。まるで他人事のように楽しくうかがった。僕が一向に深刻な雰囲気に陥らないのが不思議そうだった。心配した家人からTV電話がかかってくると、覗き込むようにして「奥さんに、新しい車買うてもらわにゃぁ」と、どこまでもラテン的に接してくださる。「先生、ひとりでやっとってん?1クラス何人?15人ぐらい?そりゃたいへんじゃろぅ、遅いしなぁ。塾も多いし。ホント塾は多いでぇ。夜仕事しとったら、よう見かけるわ。でも、大手はもっと遅うまでやっとるなぁ、なんかプログラム組んだりして大変らしいわ、はい、じゃぁここサインして」
 というわけで、衣笠JAF氏に励まされたのか脅されたのかよくわからないまま、帰宅した。そして、車を降りる前、「ユリシーズ君、明日は機嫌を直してくれたまえ」と頼んだのは言うまでもなかった。
 そして、今朝、彼は機嫌よく吹き上がり、何事もなく、僕は出勤した。JAF氏のラテン的予言ははずれた、しかし、今晩どうなるかは分からない。