尾道・因島ミッション、小5、小4、中1、高3

朝5:30に目覚め、6:10に出発した。
TOYOTAスパシオで2号線をのんびり走って尾道に着いたのは6:45。駅前のホテルのロビーに上がったのは約束の2分前。15年ぶりの再会となった。

「なんだ太ってねぇじゃねぇか」と、第一声を頂戴した♪
互いの近況報告が入り乱れつつ、彼の勤める海運業界の活況はともかく、鉄鉱石、石炭の国際市場での価格暴騰に端を発する造船業界の不況の深刻さをレクチュアされて、朝から暗澹たる気分になった。
子どもに夢を語れねぇ、「昔はすごかったぜ」とでも言うか、ははは。と、うつろな笑い。窓の向こうには尾道水道が朝の光に輝いていた。
修道高校陸上部出身の彼が東武東上線の常盤台に住んでいた頃、平気で環七を黙々と走って高円寺の村上のアパートまでやってきていた。誇るでもなく威張るでもなく「ちょっと走って来た」と。ちょっと、どころではない。たぶん尾道・福山間ぐらいあるはずだ。
「あの頃、金はなかったけれど、元気だけはあったな」としわの刻み込まれた顔で笑った。まるで、「紅の豚」のエンディング、「時には昔の話を」を彷彿とさせる学生時代、、、、金大中氏はまだ自宅軟禁状態で、韓国は朴政権の独裁下にあり、彼の解放が韓国民主化のシンボルで、朝鮮半島は冷戦真っ只中にあった、「金大中を解放しろぉ!」そんな時代があった。オタクはまだサブカルチャーにも出現せず、秋葉原はとことん電気の街で、大学生でパソコンを持っていたら垂涎の的、NECのPC98シリーズが魔法の箱にみえた時代。
閑話休題。

明日も因島ミッションがあって、午前中は「しまなみ海道」を行ったりきたり。午後1時の中3Fの授業ぎりぎりにもどる予定です。すみませんが、よろしく。