明日と明後日はお休みです

明日と明後日は連休です。

授業・事務ありません。

連絡とれません。

何かありましたら、11日木曜日の午後4時以降にご連絡ください。



ちょっと不思議な体験をした。たぶん、村上以外の人間にはまったく何の意味もない。

ここ数か月、ちびりちびりと「これからの『正義』の話をしよう」(マイケル=サンデル)を読んでいた。「最大幸福原理」のくだりを小学生の授業でちょっと触れた。カントがでてきたあたりから、スピードダウンした。なんやらようわからん、という状態に陥った。「自律的な行動」のくだりを読みながら、ふと村上の大好きなカートヴォネガットが、「タイタンの妖女」か「スローターハウス5」かどっちかで、あるいは両方で繰り返し唱えていた「自由意志」のことを考えていた。

ヴォネガットの「自由意志」ってカント的じゃぁねぇなぁ、、、と、薄明状態の理解でダラダラと読み進んでいたら、第6章で、サンデル先生が突然ヴォネガットのSF短編を引用してきた!平等主義をめぐる言説の一典型として。驚いた。ヴォネガットが本当に出てきた!しかし、まったく違う角度から。

サンデル先生の語るアリストテレスが、薄明状態だった村上の理解を暗黒にし、読書意欲をフリーズした。「Justice」はカバンに放り込まれ、何かの機会にとりだされるまで深い眠りについた。ヴォネガットの「自由意志」も宙ぶらりんのままフェイドアウトした。

次のお楽しみの本が村上を誘う。「特攻 空母バンカーヒルと二人のカミカゼ-米軍兵士が見た沖縄特攻戦の真実」

毎日、就寝直前の時間帯、午前1時から2時の間、「この平衡感覚いいなぁ、日本人にはないよなぁ」と思いながら読み進んでいくうちに、またも、なぜかヴォネガットをどこかで意識していた。彼がアルデンヌの雪原に行かずに、バンカーヒルに乗っていたら、ドレスデンで捕虜として連合軍の空爆を体験する代わりに、沖縄でカミカゼを経験していたら、、、、と。すると、出てきた。章のエピグラムで引用されていた。たぶん「スローターハウス5」の一文から。たいした意味はない。あまりにも未熟な若者たちが、否応なく戦場に駆り出された事実を述べる一文に過ぎない。しかし、はまった。ドカンと一撃。

この秋の哲学書とノンフィクションのヴォネガット二重奏。たんなる偶然であり、なんの脈絡もない。そして、たぶん、他の方には、なんの意味もない。とるにたらない出来事が、しかし、村上にはたいへん象徴的なことに感じられてしまう。誇大妄想に等しい、と知りつつ。

明日から二日間、村上にはまとまった読書の時間ができる。選んだ数冊の本(おそらく前記の二書にはまった無関係の小説とノンフィクション)にまたヴォネガットが現れるのか、あるいは、受け取ったメタファーに何か啓示がしめされるのか、ふふふ。楽しみ。