快晴の朝、自転車をこぎながら涙をふく 午前9時43分

 目覚めると猛烈な頭痛。嫌な予感がする。昨夜、不愉快な悪寒に襲われた。風呂に長めに入って、解消したつもりになっていたが、一時しのぎだったか。
 コンニャロー、水だ、水!ゆっくりしっかり水を飲むんだ。サントリー天然水をがぶ飲みする。ダメ。ぜんぜんダメ。依然として、前頭葉が割れて砕けそう。最終兵器だ、たとえ毒であろうと、悪魔に魂を売り渡すことになろうと、ここはナロン・エースしかない!
 しまった、何も食べていないのに鎮痛剤を飲んでしまった。パンだ、コーヒーだ、急げ。「バスケット」のどえらく噛みごたえのあるパンをかじりながら、ドリップコーヒーを入れようと、、、。何だこりゃ、お湯じゃないぞ。お茶じゃないか。ええぇい、コーヒーはやめだ。もうこのハト麦茶を飲んでしまえ。煮詰められたハト麦茶、香りは香ばしい。しかし、さすがに味が濃い。ふた口飲むと、胃に不快感。やばい、くるぞ。と、思ったときは、嘔吐感がのどもとまで。トイレに走る。便器に顔を突っ込むと、グワッシュ。うぇ〜、気持ち悪いよう、と、いつものように幼児退行化。続いて、第二撃。しかし、不発。ニャロメ、と思って、右手の人差し指を喉の奥に突っ込んで、食道と気管の分岐点あたりをつつく。グワグワグワッシュ。ぶぇ〜、ゼイゼイ。
 悪寒がひどくなる。どんどんひどくなる。頭の隅に「インフルエンザ」のテロップが流れる。冗談じゃない。こんなところで「インフルエンザ」なんかひけるか、馬鹿者。だったら、風邪?許さん、風邪はひかないことになっている。だったら何だ、ストレスによる自律神経失調?ありそう、昨日の出来事が断片的に蘇る。くそぅ、「滅ぼされることはあっても、負けるわけにはいかんのだよ」いつもの口癖。老人の言葉を呪文のように唱える。ダメ、くじけそう。ジャケットを着る。コートを着る。フードまでかぶる。リビングを熊のようにうろつく。歩け、歩いて直せ。頭痛と悪寒と吐き気をとめろ。時間がない。洗面所の鏡をみる。土気色をして、腐った鯖の目をした、しょぼくれた中年オヤジが映る。
 バカヤロウ!腹が立つ。フードをはずす、コートを脱ぐ、ジャケットも脱ぐ、袖をまくる。お湯をじゃんじゃん流す。顔をゴシゴシ洗う。頭がずきずきするのを忘れたことにする。耳をしつこくマッサージする。石鹸を泡立て、髭をそる。少しすっきりする。歯磨きをする。気合を入れて、ガシガシ磨く。ずいぶん立ち直ってきた気がする。することがない。ならば、行くしかない。Man can be destroyed, but must not be defeated. もう一度つぶやく。
 外は快晴。素晴らしい青空、地を這っていた惨めな気分が、融けかかる。二号線を越えて東部陸橋。気づくと情けないピッチでよたよた登っている。許せん、みっともない、だらしない、しっかりこげ。気合を入れて、ギシギシペダルを踏む。キリッと頭に疼痛が走る。しかし、思ったほどではない。あっ、少し楽になっている。坂を下る。いいぞ、このままいけ。不二家の前で、父兄の車が駐車場に入るのが見える。
 右に曲がって駐車場にはいると、車よりも先に、少年がひとりたっている。晴れ晴れとした顔、昨日、市立に合格した、と宣言した顔。放たれるオーラが僕を打つ。あっ、何とかなりそう。もう大丈夫だ。一瞬の覚醒。
 「おはよう」「おはようございます」「さぁやろうぜ」いつもどおり、鍵を開け、カーテンを巻き上げ、電源を入れ、コンピュータを起動する。OK!悪寒停止。嘔吐感消滅。頭痛は無視する、忘れたことにする、いずれ、なくなるのは間違いない。あー、きょうも闘える!

 算数の問題用紙を配っていると、「先生、缶けりしよう!」男の子が言う。「しない」「じゃぁ鬼ごっこしよう」女の子が言う。「しない」「ちぇっ、オヤジは走れないんだ!オヤジッチ!!」「ふん、オヤジはオヤジであることに存在意義があるんだ!」
 附属の過去問演習は、二順目に入った。やったことはあるけれど、もう答えは忘れた、という状態で、どこまでいけるか。間違い直しがものになっているかどうか。あと11日、仕上げの作業に入る。
 センター試験を受けている大学受験生、松山で、弓削で面接を受けている中学生、福山で、山口で試験を受けている中学生、みんな頑張れ!なすべきことをなせ。
 「僕たちは負けるわけにはいかんのだよ」