「風の影」

 舞台は、スペイン、バルセロナ。時代は、1910年代〜1950年代、内戦と独裁の時代。一冊の書物とその謎めいた作者を探る少年がまきこまれる怪奇な事件の連続。少年の現在と、作者の過去が重層的に語られ、並行的相似的な物語の流れの中で成長していく少年が、最後に大団円の円環を閉じて物語は終わる。
 過酷な時代に翻弄される人々に、きちんとした記号的役割が与えられ、緻密な人物描写が細部をささえていて、不条理な悲劇と陰惨かつ凄絶な都市の暗部に巣食う邪悪な精神も、物語そのものを生き生きと脈動させるエンジンになっている。歴史的円環が音をたててまわるところは、まるで「百年の孤独」バルセロナ版。ラテンの血に流れるカトリック(普遍性)の遡及をみる。謎を解く過程に父と子の物語があり、友情の物語があり、そして、村上春樹が描くような喪われた愛の物語がある。
 始めから終わりまで、「次はいったいどうなるんだろう」という謎解きに満ち溢れていて、バルセロナにいってみたーい、薄暗い路地の雨にぬれた石畳を、夕暮れ時に散歩してみたーい、という思いがふつふつと溢れてくる。娘に「読み終わったら貸して」と頼まれたけれど、ちょうど物語の暗部にさしかかったときだったので、「だめ、貸さない」と言うと、「ちぇっ、大人になったら読んでやる」と反応した。女子中学生には毒がきつすぎる。本の読める高校生以上で、素敵な恋愛をしている子たちならいっそうOKかも。いずれにしても「正に傑作」の評判どおり。実に幸福な大晦日を僕は過ごした。4部作になるらしい。楽しみ、楽しみ。
風の影 (上) (集英社文庫) 風の影 (下) (集英社文庫)