ヒュー・グラントはラブ・コメ界の「水戸黄門」である

 我が家のDVD鑑賞において、堅実なアベレージ・ヒッターとして信頼されている(?)のが、ヒュー・グラント氏。氏の最新作、「ラブソングができるまで」は、ぜひ映画館でみよう!と話し合っていたのに、例によって、忙しくって気がついたらロードショーは終わっていた。で、DVD鑑賞になった。
 この歳になると、絶対見逃してなるものか、という不退転の決意がなければ、映画館までなかなかたどりつけない。昨年、沢尻エリカが出ていた「シュガー&スパイス 風味絶佳」を気合を出して観にいった時もそうだった。
 映画の原作になった小説の作家、山田詠美が好きだったというわけではないし、主演の柳楽優弥に興味があったわけでもない。東京都福生市が舞台設定だったから、というそれだけの理由。結婚してから娘が生まれるまでの二年半、僕たちが暮らした街角がスクリーンに広がる!という思い込みだけが唯一の動機だった。
 結果は、はずれ。同じ福生でも舞台は青梅線の福生駅周辺ではなくて、東福生近辺。16号線沿いの横田基地フェンス沿いの雰囲気は確かに懐かしかったけれど、ノスタルジィを感じるほどでもなかった。夏木マリの演じるイケテルおばぁちゃんが、「ガァス・ステイション」と顔面炸裂発音をする凄みだけが印象に残って、主人公の少年の初恋と失恋と成長が、どうも矮小化されてしまった。役者の違い、というべきか。完全に喰われていた。
 われらがヒュー・グラント氏にそういう心配はない。甘いマスクでちょっと頼りない気弱な男性が、訳ありの女性とふとしたことから恋におち、紆余曲折を経てハッピーエンドを迎える定番コースは、「水戸黄門」並の安定感があって、どの作品を観ても予定調和のなかでほんわか気分を味わえる。
 「ラブソングができるまで」も、ひょっとしたら女性主人公のトラウマを主題において、恋愛感情と自我の分裂を精緻に扱えば、文学的な深みをもった重い作品にも、サイコサスペンスのホラーにもなりえただろう。ヒュー・グラント氏演じる落ちぶれた中年男性の再起を正面から扱えば、あのポール・ニューマンがオスカーを取り損ねた名作「評決」に並ぶ佳作になりえたかもしれない。
 凡庸と言えば凡庸、奇妙な腰振りダンスと80年代風のポップミュージックを楽しめなければ、ありきたりの作品でしかない。大学生の頃、MTVで流れていたプロモーションビデオを取り出してきたような映像シーンが笑えるつくりになっているのが唯一の特徴だけれど、家族みんなで楽しめる娯楽作品としてのできは悪くない。ヒュー・グラント氏がマンネリ覚悟で映画に出演し続ければ、今後も大衆消費社会に立派に貢献するテンターテナーとして活躍し続けられることだろう。
 たぶん、彼なら高齢化社会すら素敵な背景にして、よぼよぼの爺さんと婆さんのラブ・コメを演じられるはずだ。たぶん、アカデミー賞にノミネートされることはないだろうけれど。

ラブソングができるまで 特別版 [DVD]

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