昨夜

 また睡眠中にさけんでしまった。
 夢の中で僕はUボート(第二次世界大戦中のドイツ海軍の潜水艦)に乗っていた。艦内の誰も立ち入ることのできない部屋には棺があった。棺はアルゼンチンで積み込まれドイツ本国へ極秘裏に運ばれる予定だった。金髪碧眼の少年がなぜか艦内を自由に行動していて、後をつけていると、棺の部屋に入り、棺を開けようとしている。おぞましい恐怖感にかられながら、「奴だ!奴があけようとしている!!!」
 と、叫んだ瞬間に、「ちょっといい加減にしなさいよ」と家人にボコボコたたかれて目覚めた。
 先日は、「あなた昨日の夜は、野球の指導をしていたわよ。ずいぶん長い間はっきりしゃべっていたけれど」と朝、迷惑そうに言われた。たぶん、東京六大学野球で、早稲田の斎藤投手(ハンカチ王子)が、対法政1回戦で打ち込まれ、国内無敗記録を破られた二日後、3回戦で見事なリベンジを果たし、完投勝利をあげた記事が原因だと思った。打ち込まれたあと、斎藤投手はビデオで試合を研究し、グラブに差し込む右手の動きで配球を読まれていたことに気づき、次の試合では修正し、わざと逆の動きをして法政バッターを幻惑したということだった。法政の四番バッターが、「頭のいい投手」と評していた。
 どこまでが本当の話かわからない。スポーツ記者にどのあたりまで真実を語るのか、疑問はある。かつて、松坂投手を擁した横浜学園とPL学園の試合をNHKがドキュメント番組で扱った。番組の目玉はPL学園の三塁コーチがキャッチャーの構えから松坂投手の配球をよみとり、バッターにサインで伝えていた部分だった。試合の記録映像と音声にそのいきさつが鮮明に記録されていた。見ていて思わずうなった。ところが、後日出版された書籍では、「あれは真実やない、NHKが勝手にそういうストーリーを創っただけや」という関係者の話を読んだ。やれやれ。
 ハンカチ王子神話、とでもいうべき、ドラマ性にとんだエピソードを、だから半信半疑で読んでいたことが、きっと原因なんだろう。そのことを誰かと話したくて、真実を知りたくて、ぐちゃぐちゃ考えていたことが、夢に出たにちがいない。
 では、いったいUボートはなんだ。最近Uボート関係の本も映画も身近にないぞ。ホラーはもともと大嫌いで、絶対に近づかない。あそこで起こしてもらわなかったら、心臓をわしづかみにされて、つかみ出されるような恐怖感を味わったことだろう。家人が言うには、僕がうなされていたから二度揺り動かしたのに、それでも夢の続きから出てこないので強硬手段に訴えたんだ、とか。似たような事例が今までに山ほどあって、とにかく、うなされだしたら、遠慮せずに起こして欲しい、夢の中で僕は恐くて恐くてどうしようもない状態なんだから、と頼んでいる。昨夜は一段と激しかったようだ。まったく、もう。
 10月だ。全力戦闘モードが標準状態になる。16年前にやめたタバコをすいたくなるし、意味もなく酔っ払いたくなるし、くだらない映画をみてポロポロ泣きたくなる。毎年のこと、いつものこと、それがさだめ。
 夜中にうなされ、叫ぶのは、迷惑をかける人間がひとりだけだけれど、塾内で髪を逆立て目を剥き出し、裂けた口で怒鳴り散らし、壁やゴミ箱を蹴飛ばしてしまうと、迷惑ではすまない。犯罪だ。(今までどれだけ犯罪行為を犯してきたことやら、確信犯でどれだけふるまってきたことやら)
 犯罪行為撲滅、治安の回復、秩序の維持。そして、できれば入眠儀式も改善し、静かに朝まで安眠する方法を考えよう。休養もしっかりとって調整のとれた行動を心がけよう。心身ともに擦り切れた状態で、いい仕事ができるわけがない。破れかぶれで突進し、帳尻をあわせるようなやり方はもうできないし、したくない。できることとできないことを峻別し、できることに最大効率で取り組みたい。それでも自信過剰、誇大妄想の謗りを免れないかもしれない。最悪の結果だけを想定していけば、まちがいなく、トンデモ塾屋として断罪されるにちがいない。
 断頭台で、死刑執行人にむかって微笑みながら、「俺の髭は切るなよ、髭に人格はない」と言ったのは、トマス・モアだったかしら。もし、事実なら宗教的信念に殉じた思想家にしては卓抜なユーモアで、ヘンリー8世にはとどめの一撃になったことだろう。僕には相手をすべきイギリス国教会もなければ、髭もない。自滅しないようにするだけだ。責任感とは一種の狂信にほかならない、と言ったのはどこの誰だっけ。小心者に間違われてもよいから、狂信者に間違われないように気をつけよう。
 あー、すっきりした。では、午前最後の懇談へ、いざ。