朝から体調不調で

 のらくらしていると、「あなたがいるとダレる」と妻から叱責を受けた。無理もない、ラグビー雑誌を読みながら無為に時間を過ごしていたのだから。
 ”SO(スタンド・オフ)こそ、ゲームを作る要である、それゆえにこそ、負けた試合のことは忘れられない”という往年の名プレーヤーの述懐に深く同意しながら、ページを繰っていると時間になったので塾に来て待機。隣りのテナントを借りるための契約書を作りながら時間をつぶす。
 12:30過ぎ。赤い車、母子登場。晴れ晴れとうきうきとした少女が僕と目が会うと両手で大きく丸、誠之館合格!あああよかった。おめでとう!祝福しつつも、目の前でお母様に強引に感謝の言葉を言わせる。心の底から安堵され、もう言葉もない感じのお母様の表情が実に印象的であった。
 その5分後。自転車でひとり少女が登場。彼女も高度緊張から解放されたものの、その解放感をどう味わってよいのか分からないといった風情で「誠之館、受かりました!」。OK。よくがんばった。
 彼女ら二人は、内申の支えが万全の受験で万にひとつも失敗は考えられない鉄板受験であった。それでも絶対とは言い切れない不安がつきまとっていただろう。彼女らなりによく耐えた。自転車少女に大好きな音楽をまたはじめてくれ、と言ったとたん、これから中学校に行ってやろうと思っていました、と破顔一笑。
 そこへ、少年とお父様登場。内申不足を実力でカバーするべく、ギリギリの限界状況でアタックしたけれど、結果は誠之館不合格。嗚呼。お父様に深くお詫びし、彼を誉めてやって欲しい、心底お願いした。直前のすばらしい成長が感動的であったがゆえに無念であった。慙愧に耐えない。「また頑張ろう」と別れた。
 その後、不動産会社の人がいらっしゃったり、税理士さんがいらっしゃったり、不思議なくらい人の出入りが多かった。気分的に重く敗北感の中に沈んでいたらメールの着信。「誠之館不合格」。中3の少女のお母様から。とどめの一撃。なんということだ。呆然と立ち尽くす。頭の中が空白になったあと、深呼吸。善後策の返信メールを打つ。悲痛な思いに沈んでいるであろう生徒を想って、窓の外を眺めていると、ひとりの少年が対照的にまったく緊張感のない表情で登場。
 何でも午後1時にネットで合格発表が確認できる、とか。そんな話は聞いたことがない、公立高校のサイトにそんな話は載っていない、と言いつつ、彼の真剣な顔つきに押されて念のために確認。やっぱりデマ。さっさと自分の目で見て来い!と大門高校に送り出した。
 「匠」でとんこつラーメン煮たまご入りを食べて、帰ってくると塾の入り口に背広の紳士ふたり。社会保険事務所の方々。社会保険加入のご説明を受けた。
 紳士お二人と入れ替わりに、大門で自分の合格を確認してきた少年が少しにやけた顔つきで再登場。「牛乳やさんのカルシウム」をご褒美にして、ウダウダ話をしていると、「僕は学校に報告に行かなきゃならないんで、、、」ということで別れた。
 その後、工務店の方が来訪。教室の改装について打ち合わせ。いくつか新しいアイディアをいただいて、それも含めてプランニングを依頼。その後、小4の授業、小5の授業となる。看板屋さんが来訪するのを待ちながら授業をしていると、中3の合否不明の少年が自転車に乗ってやってくる、暗くて表情が見えない。教室に入ってきて「葦陽、受かりました」と3年間で初めて目にする制服姿も凛々しく登場。「本当か、この野郎、さっさと連絡して来い、待たせやがってバカヤロウ」と口汚くののしりつつ、おおいに祝福。「よくやった、きょうはほめてやる、ほら携帯電話だ、持って帰れ、電池パックの蓋がなくなった、許せ、何、最初からなかった、なんだそうだったのか。とにかく、約束だ、合格したから返してやる、おめでとう!!! 小5のみなさん、きょう合格した先輩だ、はい、拍手!!!」
 彼には、葦陽を受験するのに十分な内申があったわけではなかった。メンタルも弱く、行方不明になることも多かった。半年に一回は授業を追放され、二度と来るな、と絶縁されたことも一度や二度ではなかった。それでもそのたびに、話し合いをし、手を変え品を変え、受験指導を強化していった。中学入学当初、英単語の暗記に苦しみぬいて、仕方なく初めの三文字だけ覚えさせるところから始まったことを思い起こせば、この合格は感無量のものがあった。
 その数分後、計ったように電話が鳴る。最後の少年が朗らかに「誠之館受かりました」「おううう、オメデトウ!いやぁ、長かったなぁ、よく頑張りぬいた」彼については、いくら誉めても誉めたりない部分がある。中3ヤギさんチームに属して附属受験に挑んだ。他の4名が合格したあとは、彼はクマさんチームに合流し、公立高校対策に日々励んだ。すでに合格を決めた仲間がお気楽に学年末試験の準備をやっている中で、彼ひとり孤独に公立高校の過去問演習を繰り返し繰り返しおこなっていた。淡々と屈託なく。
 電話を置くと、看板屋さん登場。駐車場で打ち合わせ。そのあと、誠之館高校のブラバンの生徒さん。定期演奏会のプログラムに載せた広告代の集金。雨でずぶぬれの哀れな姿が痛々しい。
 めまぐるしく、日常と非日常が錯綜し、精神的平衡がはなはだおびやかされた一日が終わった。

 今年もパーフェクト合格の夢破れた公立高校入試であった。
 落としてしまった子らと保護者の方々に、あらためてお詫び申し上げたい。
 子どもらは本当によく頑張った。指導が拙劣だったから失敗した。
 指導したのは僕だ。
 
 本当にもうしわけありません。