昨晩、愛光高1年のT君が来訪してくれた。

 例によって、僕たちは敬礼をして、挨拶を交わし、話しはじめた。
 彼の饒舌なこと。

「愛光に入って、とにかく、まじめになりました。
 授業が高度でおもしろくて、勉強が好きになりました。中学の先生方に失礼なんですけれど、愛光の先生方の教え方が格段に上手で、ちゃんと聞いていればよくわかるし、おもしろいし、中学校のときのように集中力が切れて眠くなることはほとんどありません。大学へ行っても学問したいと真剣に思っています。できれば東大・文Ⅰか文Ⅲ。法学部で政治学か、教養学部で社会学か、考えています。今の日本の社会は完璧に行き詰まっていますから、根本的に変革するためにはどうしたらよいか考えたい、と漠然と思っています、だいそれたことなんですけれど。
 寮は24時に消灯するので、それまでに宿題を終えなければなりません。もし終わらなければ、「懐勉」といって、ベッドにもぐって懐中電灯をつけて、明かりが漏れないように勉強しなければなりません。見つかると怒られるんです。中学時代、午前2時、3時まで意味もなく夜更かししていた自分がウソみたいです。すごく健全な生活をしています。
 全国模試で成績優秀者氏名に載る人たちが同学年にいるので、すごく刺激になります。高校から入学したハンディを早く取り戻して、夏までには追いつきたいです。自分で言うのもなんなんですけれど、とにかく愛光に入って、「よい子ちゃん」になりました。もし、福山の地元の公立高校なんかに入っていたら、好きな音楽に夢中になって、今頃はストリート・ミュージシャンになっていて、絶対勉強していません。そうなっていたら、たぶん、今のような成長を自覚できることはなかったでしょうし、もっと狭い世界でウダウダやっていたと思います。中学時代とは完璧に違う世界に住んでいる気がします。帰省して話をして、地元の友達がどんどん変わっていく様を知るのは楽しいですけれど、勉強漬けの自分の生活を崩したいとは思いません。せっかく入った愛光ですから、高校三年間は地道にしっかり勉強したいと思っています。」
 
 楽しく歓談したあと、僕たちはまた敬礼をかわし、別れを告げた。
 僕が教え子のたくましい成長に触れて、無上の喜びを感じたことは言うまでもない。