よせばいいのに、

 昨夜は帰ってから、DVDを観てしまった。「ポケット一杯の幸福」。塾に転がっていたとき、タイトルをみた小5の児童が「それじゃたらん!」とかいってたけれど、現代っ子らしい無邪気な貪欲さが、妙におかしくて笑ってしまった。
 昔、昔、まだ因島に橋もかかっていなくて、尾道に行くにも三原に行くにも1時間ちかく船に乗らなければならなかった頃、荻昌弘さん解説の「月曜ロードショー」で観たような記憶がある、ひょっとして、金曜日の「ゴールデン洋画劇場」か、それとも淀川長治さんの「日曜洋画劇場」だったかもしれないけれど、記憶の網には「月曜日」。白黒だった映像が、カラーになっていたのは、リマスター版で画像処理されたのかしら。記憶とのずれは埋められないけれど、違和感のない自然な色調だったので、ちぐはぐな安っぽさはなかった。
 TVで観たときには完璧にカットされていたサイドストーリーもあって、思っていたよりも骨太な内容になっていた。記憶にあったのは、シンデレラ・ストーリーというか、「マイフェァ・レディ」ニューヨーク版というか、なにかそんなシンプルなプロット、そして、子ども心に素直に人の善意と心の温かさに感動できる話、いつか、きっともう一度観たい、といったもの。
 で、まぁ、そういう映画を大人になって見直すと、たいがい無惨にもイメージがボロボロ崩されて、「なんだこれ、観なきゃよかった!」ということが、これまで多々あったのだが、昨夜はそんなことはなかった。結末は知っているし、展開もほとんど記憶どおりだったから、ドキドキ感はそれほどでもなかったのだけれど、その分、母親の娘に寄せる情愛をしっとり落ち着いて、丁寧に描いている場面が、心深く静かに染みとおってハラハラ涙が止まらなかった。ガキの時には、「ふぅーん、そんなもんか」としか理解できない距離感のあった科白や演技が、ひとつひとつ胸にきた。僕自身が娘をもつ親になったということだろう。
 言ってみれば、スリリングなハッタリを一発かましてハッピーエンド、という、それだけの映画が、昨夜の僕には「母親愛情物語」になった。以前は、「村上さんが観ちゃうと、何でも青春映画になっちゃうから」*1と、言われてしまうほど、「青春」センサーの強い映画鑑賞者だったはずが、いつしか変容していたらしい。
 僕自身の視点の変位を意識させられた深夜のDVD鑑賞だったけれど、今朝は実に気分爽快。あぁ観てよかった。こういうのを味わい深い名作というのでしょう。
ポケット一杯の幸福 [DVD]

*1:これは、東京の阿佐ヶ谷で塾の同僚だったO氏からいただいた言葉、「ポケット一杯の幸福」とよく似て、1930年代のニューヨークがメインの舞台であった「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ」を観た時の感想から