真夏を思わせる一日

4時に間に合うように因島からカン・バック。なんとか10分前だった。リクエストプリントの印刷を再開、そうするうちに三々五々生徒が登場。で、まぁ、このあたりまでは普通の一日だったのだが、5時になって、小6算数の平行線と面積比に入って事情が一変した。苛斂誅求、容赦ない授業をしたつもりはさらさらないのだけれど、ノートを破り捨てられた生徒が一名。ゴミ箱を蹴飛ばされた生徒が一名。暑さのせいか、子どもらのゆるさばかりが目立って、我慢し切れなかった。
授業そのものは明確なメッセージのもとに、基本原理をいかに応用していくか、重層的に配列された問題をひとつずつ丁寧に解いていけばおのずと力がつくようになっていた。ああむしろ、テキストが理路整然としすぎていたぶんだけ、子どもらの猥雑な思考や逡巡を許容できなかったのかもしれない。子どもらは、出題者の望むような一直線の合理的な思考を駆使できるわけではない。あっちに寄り道、こっちで停滞をくりかえしながら、まさに短絡と飛躍を脈絡もなく繰り返しながら、あるまとまった概念を把握していく。指導案作りがいかに上手でも、授業そのものが活性化し、子どもらが十全の理解を示すなんてことにはならないだろう。たぶん、隙のない指導案であればあるほど失敗する可能性は高くなるにちがいない。ただ、明確な到達目標をもっていなければ、高次元での達成は絶対に得られないことも確かで、行き当たりばったりで成り行きまかせの授業は、ほどよく平穏無事に済むけれど、脳髄を震撼させ、知的成長を促すような授業にはならない。以上、しごく当たり前の話。反省をこめて。もう怒鳴らないよって生徒たちにした約束を思い出そう。

中2、例によって今年もまた楽曲そのもののリクエストがあった。調べてみると、バッハを6曲提供できる。早速授業中に仕上げた。「G線上のアリア」は暗くてどうしても好きになれないので、他の5曲をBGMがわりに流した。「無伴奏チェロ組曲」第1番プレリュードはちょっと速いけれど心に沁みる、「平均律クラヴィーア曲集」第1巻第1番はちょっと軽すぎる演奏だけれど平明で明るい、「トッカータとフーガニ短調」も好悪がわかれる演奏なんだけれど、まぁいいんじゃないの、スパイス効いているねってところで、なかなかよろしいアンソロジーができてしまった。生徒たちに感謝せねばなるまい。ということで、7月のLECはしばらくヨハン・セバスチァン・バッハ氏にお世話になる。

高校生の懇談の案内は明日発行します。