ミニ葬送

 予兆はあった。
 昨日のお昼頃、ポートプラザの駐車場の周回路をスピードを出して大きく右折しようとしたとき、異音とともにミニが激しく振動した。ハンドルの遊びが以前にもまして大きくなっていた。ちょっと不安に駆られて低速走行で進み、ハクスイクリーニング前に停めた。クリーニングを受け取り、ギアをリアにセットし、そろそろと吹かして、やっとミニがぐずりながら動き始めたときのことだ。突然、右手で一杯にもっていたハンドルの抵抗感が消え、くるくると回りはじめた。
「オヨぉー、来たかぁー」
全身が凍りつき、一瞬パニックに陥った。ハンドル操作できないまま、ミニはじりじり下がる。
「ウゲェー」
と、叫びつつ、ブレーキを踏んでミニは止まった。エンジンを切って、ニュートラルに入れた。ハンドルをまわすとカラカラ自由回転する。
遊んでいる場合ではない。半端に通行路にはみだしているミニを押し戻し、JAFさんを呼ばねばならない。ハザードランプをつけ、車を降りて押す。前輪の角度が微妙に傾いており、待機中のタクシーの後部と接触する恐れがある。ミニを孤軍奮闘押したり引いたりしている僕を見て、タクシーの運転手さんが、二、三人集まってくれる。
「前はエンジンがあって重たいけぇ、前を担いでも無理よ。後ろを担いで少しずつずらしゃぁ、なんとかなるわ」
という、小柄な初老の運転手さんのお言葉に一同従い、ミニのバックバンパーに手をかけ、声をあわせて持ち上げ、二、三度車体の向きを直し、黄線枠内にミニを押し戻す。ほっと一息入って、運転手さん方が、ミニのハンドルを触りながら口々に言う。
「珍しいのぉ、ハンドルがのぉ、こがいなこともあるんじゃのぉ」
ご協力いただいた皆さんに御礼を言うと、
「すんだらコーンを戻しといて」
知らない間に、セフティコーンまで、ちゃんとミニの後ろにセッティングしてくださっていた。感動した。
 やってきたJAF氏は明朗快活、しょぼくれて沈み込んでいるぼくを見て
「いやぁ、これはこれは、よかったですねぇ、ここで起きて、走行中だったら、もうヒドイことになってますよ。ある意味、奇跡ですね」
と、慰めの言葉も忘れずにテキパキとレッカー移動の準備をなさる。
「ミニはねぇ、レッカーしにくいんですよ。あそこにオイルパンがあるでしょ。あたっちゃうんですよね。でもハンドルが利かないってんで、積載できないかもしれないでしょ。で、まぁ、レッカーしかないか、と。いやぁ、これはひさびさの大仕事」
職人気質を掻き立てられたような張りのあるお声で、状況を説明してくださり、そろそろと自宅を目指す。信号で停車するたびに、降りてミニのタイヤの角度を点検するまなざしの厳しいこと。
自宅の駐車場まで来て、
「入れるのは簡単。でも、明日、出すのが無理。このスペースでは僕ならできるけれど、明日、来る奴ができるかどうか、、、」
ということで、塾の駐車場を目指すことになった。このとき、僕はレッカーに同乗するのをやめて自宅駐車場にあったスパシオに乗りかえた。
 東部陸橋を越えようとすると、携帯が鳴った。妻だった。レッカー移動を手配したところまではメールしてあった。その後の変更は言っていない。自宅前でのやり取りも知らない。娘を迎えにいきたいのだけれど、
「スパシオを知りませんか?」
まずい、この言い回し!と、思ったけれど、もう後の祭り、事情を話して、僕が娘を迎えにいく、ということで急場をしのいだ。あとで、このカージャック事件で、たいそうお叱りを受けた。
 ミニは、無事、塾の駐車場に停められて、翌日TOYOTAカローラにまたレッカー移動することになった。あいにく、昨日はTOYOTAさんの定休日だった。
 娘は「これでさっぱりあきらめもついたでしょ」とノタマウ。ちょっと悔しいので「修理できて乗れるものなら乗りたい」と言った言葉が、前々からミニの買い替えを強く進言し、ミニに娘を乗せることを極力反対してきた妻の耳に入ったらしい。「ふざけんな」のお言葉を頂戴した。
 今朝は妻から、「駐車場に飾っておけば」のお言葉を頂戴した。昨夜、ふっと思いついたアイデアではあったけれど、丁重に謝辞した。ここはワルノリできる場面ではない。
 きょうやってきたJAFさんは、以前に、ミニのバッテリートラブルでお世話になったことのあるJAFキヌガサ氏。事情はよくご存知であった。手際よく準備し、道路に出てもごく普通に走り、東部陸橋を降りて躊躇せず右折し、パークレーン横の細い道を苦もなくレッカー移動していった。そのハンドル捌きを横で感嘆しながら眺めていた。到着して、いつもどおりTOYOTAのI氏に事情を話し、手続きをお願いした。
「シャフトが折れてましたよ、ミニにはよくあるそうです」
今さら慄然とすることもなかったけれど、僕の心の中でも何かがぽっきり折れた。
 帰りはI氏に送ってもらった。
 ミニ葬送物語。
 おしまい。